上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
line




ブログを読んで頂いている皆様、本当にありがとうございます☆

引っ越しの作業をしていたら…昔、不倫されてた当時の私の日記が出てきて、こんな深夜に思わず全部読み返してしまいました…

辛い心境だったんだなぁ…自分、よく生きてたなぁ…と思ってしまいました;

あまりに重苦しい内容な為に、即封印しましたが(+。+)

過去を振り返って気持ちの整理をしようと思って、このブログを始めたので、当時の日記を抜粋して載せようと思います。

※かなりネガティブなので、苦手な方は見ない方がいいです;;

【旦那に不倫と離婚をカミングアウトされて、しばらく不倫続行中の時の日記】

世の中が気持ち悪い
もう嫌だ生き苦しい
親なのに何思ってんだ何やってんだって、言い聞かせてきたけど、何も出来ない。心が痛くて辛い。子どもの為になんとか生きてます。出来た親ぢゃないから、子どもに支えてもらってます。
でも虚無感・孤独感・絶望感が激しくて、涙が止まらない。何が辛くて泣いてるのかさえ分からない。 まだ子どもに何もしてあげられていない。
大好きな父親もいなくなって、私もいなくなったら、子どもは私以上に辛いよな。だから生きていなきゃいけない。
ただそれだけで生きてます。
胸が痛い。何に傷ついてるのかも分からない。
ホントはこの痛みから逃れたい。
何かに逃げれれば楽なのにな。

【保育園が決まるまでと戻って来た冷たい旦那と生活していた時の日記】

何もしたくない。もうそろそろ休んでもいいですか…何もない真っ白な世界に行きたいです。全てが嫌だ。考える事が嫌だ。でも考えなきゃいけない事がいっぱい。私がやらなきゃいけない事がいっぱい。まだ休んじゃダメですか…どこまでどれだけ修行しなければいけませんか。壊れそうなんです。

【離婚して間もない時の日記】

あと何回寝たら、幸せが見えるかな
もう毎日をただただ、人形のように、心を殺して過ごしてます
誰か助けて下さい
心が痛くて、普通にいる事が辛くて、私は、もう死にたい。
消えちゃえ消えちゃえ。 今日車に乗せてもらった時、崖っぷちでハンドル操作してしまえば、今はこんなに辛くなかったかな。

【離婚から1カ月後の日記】

離婚の原因から時間が経った今も、突然辛かった出来事のフラッシュバックが現れて、仕事中なのに泣きたくなって我慢→そして心を閉ざす→マズイッ仕事に集中しなきゃ…→復活!→仕事楽しくなってきた♪→またフラッシュバック→…
仕事の日に限らなくても1日がこんな気持ちの変化の繰り返しで、もう誰も信用しない!人なんて嫌いだ!バカみたいだ!って思っていながらいたけれど、まだ慣れない仕事上でトラブル発生してオロオロしている私に、忙しい状況の中、さりげなくフォローしてくれた人がいて、私の心は温かくなった。ありがとうございます。
恋愛じゃないけど、その人の何気ない優しさで、人から裏切られた事による私の閉ざされた氷のような心が動いたような感覚を感じた。
人間って捨てたもんぢゃないかもと少し思えるようになったな。
今までだったら気づかなかったような人の暖かさに、塊のようにはびこっていた氷の心が動かされて、溶けてきたのかも。
私も、そんな優しさを与えられる人間になりたいな。久し振りに温かい気持ちで眠る事が出来そうで、嬉しい。人は、信用しないと決めたけど、違うのかもな。ありがとう。

**********************
不倫のバカヤロー!!!
辛い思いはもう十分。
世の中から、不倫が消えてなくなりますように…

今は日記のようにネガティブな感情は消え去りましたが、バカヤローな不倫を完全撲滅してやりたいと鼻息フガフガです(`・ω・´)

不倫してる人達は今はいいかもだけど…あの世に行く時に、閻魔大王様から地獄に落とされちゃうよっ!!!永遠に続く苦しみらしいから、覚悟しないとねっ!!!



関連記事
スポンサーサイト
line




アパートが決まった。
旦那も、やっとお風呂に入れると喜んでいた。

ただ旦那は、夜は私が寝るまで部屋に入らずに、ずっと車で時間を潰していた。

それが悲しかった。

家があって、同じ部屋で過ごせると思ったのに、拒否されていた。

旦那は役所から離婚届を取り、印鑑を押して私に渡した。
『保育園が決まったら、俺は出て行くから、書いておいたよ。』

私は傷付いて、また泣いた。
こんなに、冷たいのは女がいる証拠だ!!

携帯を取り上げて見ようとしたら、旦那が携帯を投げて折って壊した。

そんなに見られちゃいけない何かがあったんだ…

もう無理だとは思いながらも、旦那の気持ちが帰ってくるまで、我慢しようと思った。

でも、旦那は息子に『お父さんと呼んじゃダメ!お父さんじゃないよ。』と言い、名前で呼ばせていた。悲しかった。

とにかくこの時は、私がもう一度やり直したい事を伝え、旦那はもう無理だと言い、またあの振り出しに戻っていた。
あの頃より酷く、冷たい旦那で、優しさなんてなかった。

仕事も激務だった。
出来ないと思っていたけれど、やるしか道はなく、もう一人で営業に行く ようになっていた。

免許がないから、営業に行く足は自転車だった。地下鉄5駅分くらいを行ったりきたり、自転車で走り回っていた。

真夏で炎天下だったけど、余計なお金は使いたくないから、まだ家に冷蔵庫もなかったから、ペットボトルに水道水を入れて持ち歩き、ぬるい水を飲んでいた。
汗をかいて、自販機の冷たい水を何度も飲もうと思ったけど、この先何があるか分からないから、少しでも貯金しなければいけないと思うと、自販機の水すら買えなかった。

お昼は、近くのスーパーの外のベンチで朝に白ご飯にごま塩をかけてラップにくるんだ、ごま塩結びを食べていた。
コンビニの100円のオニギリすら勿体ないと思った。
週に一度、スーパーのお惣菜コーナーで100円以内のコロッケを買うのがその時の私にとっての贅沢だった。

炎天下の営業はキツイ…なかなか保険屋さんを家の中に入れようなんて人がいないのが当たり前で、お客さんは家の中だけど、玄関先で他愛もない話を立ちっぱなしで1時間以上した事もあり、玄関先は石だった為、焼け石のように熱く、革靴が焼けて穴があいた事もあった。

次の営業に行くまでの唯一の休憩時間の癒しスポットは、スーパーの中だった。
買い物しているフリをしながら、冷房の効いている店内で休む!もちろん、立って歩いているけれど、暑い中を自転車で動いていた私にとっては、幸せだった。

営業所に戻る間に、同じ営業所の人の車に何回かあったりして、声を掛けてもらったり、車の中で休ませてもらったりもした。

営業所に戻ると、こんな暑い中、自転車で動いてるなんて本当に偉いね、頑張ってるね!と褒められ、頑張っている人は好きだと、色々とよくしてもらったりもした。

最初は風当たりが冷たかったお客さんも自転車で営業しているのを、何度も見かけていたようで、ある時『家で冷たい物飲んで休んでいきなさい!営業の休憩に使っていいんだからね!』と気に掛けてくれたりもして、辛い中でも、人に助けられたりもした。

それなりにうまくやっていても、またうまくいかない事が起こる…

これが人生か…
だとしたら、やっていけない…
けれど、子どもの為にやっていかなければいけないのだ。

20代後半にして、人生を悟ったような気がした。




関連記事
line




義実家で別れて以来、旦那と再会する事となった。

旦那が、息子にはお父さんがいると伝えずに、待ち合わせ場所のイスに座っている旦那の前を通らせて、気付くか気付かないかを試してみたいと言い、息子にはお散歩をしよう!といい、待ち合わせ場所に向かった。

息子は、旦那に気づかなかった…

そっか…気付かないか…

旦那は、『ちょっと悲しいけど、息子にとってはその方がいいのかもしれない…』と言っていた。

私は、何故か何を着ていくか服装に迷っていたりもしたくらい、久し振りに会う旦那にドキドキしていたし、ちょっと嬉しかったんだと思う。

この日から旦那の車上生活が始まる。

私が仕事に行く時に、家の前に旦那が来て息子を預け、仕事終わりに息子を引き取った。

旦那は仕事をしていなかったから、朝に息子のお弁当のついでに旦那にもお弁当や夕食も渡して、ガソリン代も渡した。

家がないから、お風呂に漫画喫茶のシャワーに行ったり、駅のトイレで髪を洗い、タオルで体を拭いていると言っていた。

夜に警察に職務質問をされたとも言っていた。

あの頃の旦那…人として本当にヤバかったと思う。

私は、休みの度に不動産会社を回りアパート探しをした。
旦那と行くのはなんか気が乗らず、でも女一人じゃ色々と不安だと思い、独身時代に働いていた飲み屋で仲良くなって信頼しているお客さんだった人に付き合ってもらった。

そのお客さんは年が離れていたので、不動産会社には私を姪と言ってて面白かった。

子どもが居るからトラブルにならないようにとか、本当は上の階を希望したが、不動産屋から『小さなお子さんが居るから、1階の方が後々トラブルにならないのでは…』と言われた際に『じゃあ1階にすれば、後から入ってくる人には子どもがいる事をそちらが伝えて、トラブルになる事はないんですよね!?』等と、私だったら出来ないような押しの確認をしてくれて、良さそうなアパートが決まった。

ただ保証人が必要で、私の親では審査が通らないだろうから、お義父さんに頼るしかなかった。

旦那に話したら、離婚する状態では保証人になりたくないのでは!?と言っていたので、旦那が気持ちを入れ換え戻って来たという事にして、保証人になってもらう事にした。

もうこの時には、旦那は離婚しか頭になかったようだけど、私は旦那が近くに居る事で、判断が鈍り、旦那と離婚したくないという思いが強くなっていた。



関連記事
line





仕事に行っている間、ずっと息子の事が心配だったけど、父親がお酒を飲んでいても、とりあえずは何も問題はなかった。

母親の仕事が休みの時は、心が軽かった。安心だった。

何とか生活出来ていたけれど、やっぱりそううまくいく訳がなかった。

ある日、たまたま仕事が早く終わった日だった。

家に着き、インターホンを押しても反応がない…
インターホンが鳴ると、いつもなら息子がバタバタ走ってくるのに、そんな音も聞こえない。

鍵を開けた瞬間、玄関に息子が倒れていた。
顔は、涙で乾燥したのか、カピカピだった。

凄く気が動転していて、病気で倒れたのかと思って、息子を大きな声で呼んだら、息子が目を覚まして、『おかーしゃん…おじーちゃん…おじーちゃん…』と言って、私の肩をギューッと掴んで泣いていた。

部屋に入ってみると、父親がかなりのお酒を飲んだのか部屋が酷く荒れていた。きっと、大きな声で暴れたんだと思う。
怖くなった息子は、玄関に逃げて泣いていたけれど、泣き声もウルセーと暴れて言われてまた泣いて、もうそれがループのように続いて、息子も疲れ果てて、泣きながら寝たんだと思う。

もうダメだと思った。
息子にこんな思いをさせて、親失格だと思った。
大人でも怖くなるのに、2歳だもの…相当怖かったよね、本当にごめんね、お母さん、ダメだね…

何とかしないといけないと思った。
まだ役所が開いている時間だったから、息子に『お散歩行こう♪』と言い、役所に向かった。

保育園について、窓口でもう一度伝えたが門前払いだった。
でも、今日の父親の状況を見て、黙って帰る訳にはいかなかった。


『保育園の空きがないのは分かります、分かりました、ただ、もう切羽詰まっています、このまま家に帰っても安全な環境で息子を見る事は出来ません。私だってアルコール依存の父親と二人きりは怖いし嫌だけど、そうするしかないんです、でも、正常な大人じゃないんです、もしかしたらを考えたら本当に辛い…どうすればいいですか!?あなたは立場的にも保育園に入れない事しか言えないのは分かっているけれど、あなたの上司でいい!お願いだから、門前払いをしないで、状況を上司にお伝えして頂けませんか!?』

バッチリメイクをしていたのに、ドロドロになるくらい泣きながら訴えた。
自分の今の現状が、情けなかった。
私では、無理なのかもしれない…
話ながら、色んな思いが込み上げてきて、涙は止まらなかった。

息子は心配そうに私を見ていたが、話している間に他の女性職員が気遣ってくれて息子とオモチャで遊んでくれて、その間にトイレで顔を直した。

その日は、何も解決せずに家に帰った。

金曜日だった為、まだ仕事に行く月曜日までは時間があった。

息子は、施設に預けるしかないんじゃないのか…
保育園が決まらないなら、どうしようも出来ない。
でも、息子とは絶対に離れたくない。

母親にも相談したが、何も改善策は出ない。
一人で悩んでは泣いて、悩んでは泣いて、追いつめられた感じだったと思う。

離婚話以来、連絡していなかった旦那に電話をした。

久し振りに聞く声。
弱っている私。
素直に旦那に会いたいと思った。

『もうダメかもしれない。息子は、想像していた通りの状況だよ。保育園も誰も頼れない。どうしようも出来ない。』

『保育園が決まるまで、俺が見てようか…とりあえず土日の間にそっちに向かうよ。俺に出来る事はそれくらいしかないよね…』

『こっちに来ても、住む場所ないでしょ!?それに仕事は…?』

『車がある!車で生活する。仕事は日雇いだし。俺が見ている間に、無認可でも保育園を探そう。決まったら、俺は出ていくから。』

この時私は旦那が戻ってくるなら、また一からやり直せるのではないかと、そう思っていた。



関連記事
line




保険会社に入社する日。
朝に、お弁当を作った。
父親がお酒を飲んだ時、息子が一人でお昼ご飯を食べれるようにと思い、12時の鐘がなったら、食べるようにと、お弁当を食べた後にお腹が空いた時の為にお菓子の場所、服の場所、オムツのある場所や履き方も教えた。水筒も持たせた。

『おじいちゃんにお話しても、ウルセーとか言って、お酒を飲んだり、寝ていたりしたら、自分でやるんだよ!!何かあったら、ベランダに出て大きな声を出すんだよ!!寂しくなっても、時計の3にはおばあちゃんが帰ってくるからね。お母さんもその後すぐに帰ってくるからね。夜に一緒に寝るのはお母さんだから、ずっと一人じゃないから、寂しいけれど頑張ろうね!!』

息子は、不思議そうな顔をしながらも『うん!!』と大きな声で言ってくれた。

普通の家庭だったら良かったけどそうではない現状…本当に辛かった。

初出勤!
同期の人は、ほとんどが同じくらいの年齢で同じくらいの子どもがいた。
私と違うのは、みんな旦那がいて、家族で暮らしている事くらい。
あとは、大学卒業したばかりの独身の人や、少し年上のシングルマザーの人もいた。

入ってからは、まずは生命保険募集人資格という、生命保険を扱う人が持っていなければいけない資格試験突破の為の勉強が始まった。

学校みたいで楽しくて、同期の子ともすぐに仲良くなれた。

保険会社は、甘い世界ではない事を分かってはいたけれど、生活基盤を整えるまでは、どんなに辛くても、ここで踏ん張るしかないと思っていたから、必死だった。

ただ、今まで主婦だったからと、息子の心配もあり、せっかく教えてもらった勉強も頭に入っていなかった。
この生命保険募集人資格の試験に落ちればクビだから、生活基盤どころか、何もかもなくなってしまう。

資格の教科書を持ち帰り息子を寝かしつけてから、勉強をした。

家でも勉強したおかげか、100点満点で合格となり、上司にとても褒められた。

資格試験が終わると、実業務に関しての勉強が始まった。

だんだんと、自分なんかに営業が出来るのか、とても不安になってきていた。

女性の為の在宅ワーク/ガールズチャット自由が利くから主婦でも稼げる/ガールズチャット
関連記事
line





実家に到着。

アルコール依存の父は、ご機嫌だった。
『俺が、息子を見てるから!俺が、色々経験させてやるから大丈夫だ!』

『ありがとう。』

信用はしていなかったけど、確かに子どもに手をあげるような人ではなかったから、少し期待していた。というか、期待するしかなかった。

お酒が入ってない時の父親は、子煩悩だった。
シャツがズボンから出ていると、風邪引くぞ!とシャツを直したり、息子の喜ぶ料理を作ったり、まだ2歳足らずの子どもに、一生懸命オセロを教えていたり、『自慢の孫だ!この前散歩してたら、写真取られたぞ!?この子は何か才能を持っている!将来が楽しみだ!』と嬉しそうに語り、息子のする事は何でも褒めてくれた。

少し安心していた。

保険会社に入社するまでの数日間、役所に保育園の手続きをしに行った。

でも、どこも満員で入所は難しいと言われた。

いくら、父親が暴力を振るわないとしても、アルコール依存の父親と息子を二人きりにはしたくなかった。でも、そうするしかなかった。



関連記事
line




お義母さん達に義実家を出る事を伝えた。
別れが辛いと泣いていた。まだ義実家に居れば、離婚の心配もないだろうけど、義実家を離れれば、私の気持ちも変わる事を予想していたんだと思う。
色々な事を話し、涙を流しながら、また遊びに来てほしい!!お願いだ!!と言われた。

旦那の住んでいる町は優しい所だと思う。
家族も、この町に住んでいる人も、優しいなと思う事がたくさんあって、救われていた。

まだ、旦那が戻ってくるまで待つと決めていた時に役所に相談に行った際は、親身に相談を聞いてもらって、今後の生活をどうするか、生活保護や公営住宅等の手続きの話を教えてくれた。

役所は、淡々としていて嫌いだったから、この優しい町が大好きだった。

お義兄さんにも伝えた。
お義兄さんも、いつでも遊びに来てよ!と言ってくれた。

いざ出発の時。
近くの駅までお義兄さんが送ってくれる事になった。近くの駅からは、電車を30分くらい乗り、新幹線の停車駅に向かう予定だったけど、車を走らせてすぐに、『新幹線の切符は買ってるの?時間が決まってないならば、新幹線の駅まで送るから。』と、2時間くらい掛かる道を送ってくれた。

駅に着くと、新幹線の出発まで1時間程あって、ちょっとどこかに入ろうか?と付き合ってくれた。

無口なお義兄さんだったけど、出来るだけ長く一緒に居てくれて、別れを悲しんでいてくれている事が伝わった。

『いつでも帰ってきていいんだからね!!親父とお袋も喜ぶから、たまには遊びに来てよ!!』

新幹線に乗るまで、何度も言われた。

覚悟を持って行動しているハズなのに、やっぱりぐらついている…

私は、旦那と息子と家族で暮らしたい。
私は弱いから、旦那のいない生活なんて出来ないかもしれない。
でも、今の旦那じゃ無理だ。無理なの!?帰ってきたら、違うんじゃないの!?

何でだろう…
何でこうなっちゃったんだろう…不倫か…
不倫ってバカだね!!
旦那だって戻りたくても、やった事の大きさに負けて、余計に苦しくなって、戻れなくなってるよ。
みんなに迷惑掛けてさ…

不倫相手は、こんなになっても守りたい人だった!?
私に気持ちはなくても、自分の子どもを捨てて、他人の子どもを愛する事が出来るくらいアナタは冷酷な人だった!?

でも、『俺がアイツ(不倫相手)の子どもを育てて行く!息子は母子家庭生活に慣れないとな!』
アナタはそう言った。
今もそんな感じで、何をしているのか分からないし、生活費も渡さずに養育という責任を放棄しているから、そういう人間なんだろう。

やっぱり、ダメだ。
旦那なんか信用しちゃいけない。
私早く目を覚まさないと!!

不倫がなかったら、誰もこんな思いしなかったのに。お義母さんも、あんなに涙を流す事なかったのに。
親を泣かせるなんて最低だよ!!バカヤロー!!

ただの過ちだったら、謝ってほしかった。
謝ってくれていたら、結果は少し違っていたのかな。
本気と言うなれば、誠意を見せて欲しかった。
中途半端で、どこにも気持ちのやり場がない。


私、女を怠っていたから、不倫されたのかな。
よくない妻だったのかな。専業主婦で、社会が分からない女だったからかな。

いや、でも私は負けてないんだ!!
不倫相手も3人の小さな子どもが居たけど、私は自分の子どもから目を離さない!!
人の旦那、父親を奪って喜んでいられる鬼畜な母親なんかではない!!
そんな事してる母親は、子どもを躾られる訳がない!!私の母親が同じ事をしていたとしたら、小さな頃は分からなかったとしても、絶対に軽蔑すると思う!!
私は、弱いけど、そんなバカで鬼畜な母親ではない!!


私は、新幹線に乗って浮かれている息子の横で、憎しみとか悲しみとか覚悟とか旦那の事とか、ぐるぐる色んな思考に支配されていた。



関連記事
line




いつも放置し過ぎなブログを読んで頂き、ありがとうございます!!

ペタがある度に、コメントがある度に、励まされております(≧∀≦)
業者さん等は微妙ですが;

最近の近況をダラダラと書いてみようかなと思います。

もうすぐ息子の保育園の卒園式があり、最近ちょっと体が重くなったなぁと意識はしていたのですが、まさかまさかと思い、入園式に着ていたスーツを引っ張り出し着てみたら、そのまさかで入らず、ワンサイズ大きいスーツを買うはめになってしまいました(´・ω・`)

旦那に話したら、『おめでとう!!今までは、おデブ候補生だったけど、とうとうレギュラー入りが決まりました!!今日は赤飯だな!!』と言われてからかわれてしまいました(つд`)

いつも隣で寝ている息子からも『お母さん!!狭いっ!!』とお叱りの言葉を頂く事しばしば。

痩せなきゃな~…

ブログで、旦那の実家で暮らしていたところまで書きましたが、この春から、旦那が家業を継ぐという事で、家族3人で旦那の実家で暮らす事になりました。

お義父さんもお義母さんも大喜び♪

私は、地元を離れる為にしょんぼり(´・ω・`)

私も旦那と同じ仕事を手伝いながら暮らしていく事になるけれど、あの時家族でやり直したい、それは今は無理だと言われて涙を流した実家に戻って暮らす事に、不思議なものを感じています。

もう旦那が悪さが出来ないように、お義母さんとお義父さんとお義兄さんと連携して、目を光らせてやろう!と鼻息フガフガです(。-∀-)なんて笑

まぁもう時間は経過して不安はないのですが、仕事中も旦那とピッタリ隣に居て、離れてた時間を埋め尽くせたらなぁ…なんて思ってます( ´∀`)

いくら、旦那が居ない義実家で生活していたといっても、同居の不安はあるのですが、まだ何も起こっていない事を考えるのは無駄な事なので、何か起こってから考えようかなと思います…

今から引越しの準備です。
別居、離婚から支えてきてくれた母親と離れる事も寂しく感じますが、母親が私の決めた事だと信じてくれているので、心配させないように頑張ります!!



関連記事
line





今日は東日本大震災から3年。

3年前…私は資格を取る為に、地元の学校で勉強をしている時だった。

就活支援で来てくれた、キャリアコンサルタントの先生の話に飽きて、今日のご飯は何にしようかな~?息子を保育園に迎えに行って買い物しながら考えよう!なんて上の空でいた時に、揺れが来た。

立っていられなかったし、パニックだった。

揺れが止まって、どうしようか…すぐに息子を迎えに行かなければ!!と思った矢先に、聞いた事がない無線がなった。
防災無線だ。

よく聞こえないけど、防災無線の後には人が『…メートルの津波が…』と話しているのが聞こえた。

津波とは、どんなものなのか分からず、足の太もも浸かりながら、息子を迎えに行くんだろうなと軽く考えていたけれど、私の地元は昔から水害で悩まされてきた海岸の街。

小学校の時に習った、水害で浸水した地域が赤に塗り潰されている地図が蘇る。

ここは…浸水地域だ!!
多分、高台に行かないと身動きが取れなくなるんじゃないか!?と思い、学校の先生に伝えると『チリ地震の時の津波も大したことはなかったから、屋上に避難して様子を見よう。』と言われた。

でも私は、防災無線があんなに鳴り響いているのを聞いた事がなかったし、パニックだったし、絶対にここにいてはダメだと思ったから『ここは浸水地域です!!大丈夫だったとしても高台に逃げた方がいいですよ!!逃げましょう、私は高台に向かいます!!』と言い、生徒数人と高台に向かおうとビルを出たら、消防車がサイレンを流して、スピーカーで通行人に物凄い罵声をあげていた。

『何やってんだ!?こっちはダメだ!!あっちだー!!早く上上がれっ!!津波が来るぞ!!』

この消防車の罵声を聞いて尋常じゃないんだと思って、高台とは逆に向かう人に声を掛けて、高台を目指した。

息子の安否も気になった。
でも、連絡が取れなかった。

高台の避難所で、消防士に保育園の情報はないか!?迎えに行きたい!!と伝えたが『こういう状態でこちらも連絡が取れない、息子さんが保育園にいる限り、きっと保育園の方できちんと避難しているはずだ、それを信じるしかない、ここから保育園まではどうしても海近くを通らなければいけないから、行かせる訳にはいかない。息子さんが大丈夫であったのにお母さんがダメだったらどうする!』と説得され諦めた。

避難所で途方に暮れていたら、息子と同じ保育園に通う私の同級生でもあるママから連絡があり、息子が保育園の先生と近くの小学校に避難している事を教えてもらい、私が高台の避難所にいる事を伝えて、今から自分の子どもと私の息子を連れて来ると言ってくれた。
しばらくして友達と友達の子どもが到着し、友達が『ごめんね、保育園の先生が、親じゃないと預かっている責任上、連れて行かせる訳にはいかない…って言われて、連れて来れなかった。でも、ちゃんと学校に避難しているから大丈夫だよ!』と安否を教えてくれて、本当に助かった。

不安になりながら、誰かがラジオを真ん中に置いてくれて、夜中なのか時間の間隔も分からなかったけど、ラジオの音だけが救いで、馴染みのある地名で200体の遺体が…というアナウンスが流れ、全く何が起こったのか分からなかったけど、大変な事態なんだと不安感だけが強かった。

毛布1枚が支給されたが寒くて眠れずに窓を見ていると、今度は爆発音が聞こえて、遠くの方が燃えていた。

誰かが『石油コンビナートが爆発した…』と言っていた。

その辺は、息子が避難した学校の近くじゃないのか!?
不安で不安で、保育園の先生を信じるしかなかった。

朝になり水が引いたようで、高台を降りて息子を迎えに行く事にし、消防士に伝えると『また津波警報が鳴るかもしれないけれど、自己責任で、気を付けて向かって下さい。』と言われた。

下に降りると、映画の中に入ってしまったかのような状態だった。

車が縦に積み重なっていて、船が道路にあったり、ビルに車が突っ込んでいたり、慣れ親しんだ地元の変わりよう、泣くよりもまだ、何が起こったのか理解していなかった。

息子の避難している学校に行く途中に自宅があった為、布団や食料、必要になるであろう物を背負って向かった。
この時は、車があれば…と思った。

学校に着き息子を探す。色々な人がいる中で、先生を発見!

息子と再会出来た。
息子は『お母さん、遅かったよ…』と言いながら、抱きついてきた。
先生には『お母さんは必ず迎えに来てくれると信じていました!』と言われて、私も『先生達を信じていました、すぐに迎えに行こうとしたけれど、ダメだと言われて…でも良かった!本当にありがとうございました!』と言い、電気が回復するまでは自宅にいるのは不安な為、避難所生活をしようと決めた。

津波の状況を知ったのは、その避難所で自家発電機とテレビを提供してくれた方のテレビを見た時だった。

あの頃の事を思うと、今でもハラハラする。

生かされた命、大事にしなければいけないと思う。






関連記事
line





保険屋で働く意思を固めてから、旦那に私のサインをした離婚届を送った。

保険屋で働こうか決めかねていた時に旦那にはそれを教えなかったけど、旦那はその頃から、生活費を2000円とか3000円の少額を振込み、メールでは『春になったら必ず帰る!もう一度3人で暮らそう。将来的には3人じゃなく、4人…5人でも!家族に戻りたい。みんなで一緒に暮らしたい。もう少し待っていて欲しい。息子の写メ送って…電話していいかな??』と言っていた。

私も待っていようと思ったけど、もう限界だったし、何より信用出来なかった。時間が勿体ないと思った。

離婚届が届いた頃、旦那から電話があった。

『ティナ…見たよ。これが本当のティナの気持ち!?破り捨てたよ…俺、必ず帰るから!お願いだから、待ってくれないか!』

『私ね、働くよ。息子も私の地元で私が育てる。このまま生活費の約束も果たせない人を待つ時間が勿体ないよ。息子はしばらく、アルコール依存のオヤジに見てもらわないといけないけれど、仕方ない。保育園が決まるまでの辛坊だよ。戻ってくるなら、春とか言ってないで、すぐ戻ってこれるでしょ!?もうウンザリなんです。』

『俺、別れないよ。破ったからね。』

こんなやり取りがあり、数日後にまた旦那からメール。

『俺、自分が分からない。ティナも息子も親も傷付けて、迷惑掛けて、借金も親に工面してもらった事もある。金と女に溺れた最低な人間が俺だ。離婚なら離婚でいい。正直、離婚届渡されて動揺したけど、しばらくしたらどうでもいいって思った。みんなこんな最低な俺から離れる事が正解だと思うよ。』

情緒不安定なんだろうなと思ったけど、突き放した。

『本当に最低だと思うよ。自分が最低って言う事で、同情を誘って、全ての事から逃げてるとことか。私の気持ちは変わらないけど、地元に帰って、どういう生活になるかは分からない。アナタは息子の父親である事は変わらない。アナタしか頼れない事があったら、アナタに頼る事もあるかもしれない。だから、自暴自棄にならずにいてほしい。』

『俺に出来る事なんてある!?何が出来る??』

『それは、頼るべき時が来たら相談する。あえて言うならば…今は近くに居なくても、父親として恥ずかしくない行動をする事じゃない??』

『分かった。』

私だって本当は、旦那が戻って来るって言った時、お義母さんにメール見せて一緒に泣いて、凄く嬉しかったんだから!!!

このまま待っていたら良かったかな。

でも、やっぱり何か違うんだよ。

離婚届なんて出さなければ、旦那は戻ってくるって気持ちで改心したのかもしれない。

でも、結局開き直った。
やっぱりそうか…

なんか凄く悲しかった。

でも、私は泣いてはいられない!
とにかく、生活基盤を作る事に専念する!
女をナメんなよ!
そんな気持ちだった。



関連記事
line




翌日、義兄と朝方まで飲んでいた事を知った義母は、嬉しそうにしていた。

義母は『旦那が戻って来ないっていうなら、義兄が息子の父親になってもいいんじゃないかな!ティナちゃんさえ良ければ、仲良くやってるみたいだし!息子にとっても、血が繋がっていない誰かが父親になるよりは、義兄がいいと思うな!昔はそういう事もあったんだよ。』と言っていて、私は今は昔と違うよ!!と突っ込みを入れたかったけど、『そうですね~!そうなったら、旦那はもう女連れてこの家に帰って来れないですしね、離婚したら、そんな復讐もアリなのかも笑』と答えた。

旦那が出て行ってからの数ヵ月は、こんな感じで暮らしていた。

その間、旦那と連絡は必要事項しかしなかったし、旦那も必要事項しか連絡してくれなかった。

ある日、実家に旦那名義の携帯代の督促が届いた。

きちんと払ってるって言ったのに…
そういえば、生活費を払ってもらってない事を忘れていた。

旦那に連絡をし『すぐに10万は払えないけど、少しずつ払うから。とりあえず明日。』と連絡が来て、残高を確認すると5000円。

こんな調子で、旦那が出て行ってから復縁するまでに、払われた生活費は3万円もなかったと思う。

携帯代は、私の携帯も含まれていて、4万近くの督促が来ていた。
払わないと電話が止められる。

私も困るし、まだ旦那に依存していた私も、旦那と連絡がつかなくなる事が不安で、底をつきそうな貯金から支払った。

携帯の督促は、私が義実家に居る間は何回もあった。

この事から、旦那に対しての不信感とイラつきと絶望感で、コイツはもうダメだ!私、ここにいちゃいけない!という思いが強くなった。

実母は心配をしてくれて、いつも電話をしてくれた。

実母に相談し、ここに居ても何も解決にならない、旦那が戻ってくるどころか、何をやっているか分からない、もう信用出来ない等、色々と話した。

実母は、戻ってくるように強くすすめてきた。
戻らないと始まらないと。

その時は、それでも義父母宅から離れる覚悟がなかったから、話を半分に電話を切った。

数日後にまた実母から電話。
『保険会社で働いている友達がいるんだけど、マネージャーをしていて、面倒を見るから働いてみないかと言われたけれど、どう??保険屋だから大変かもしれないけれど、とりあえずの生活基盤を作る為には、チャンスなんじゃないかな!?』

この時、迷いはなかった。しばらく、実家にお世話になるけれど、1ヶ月の我慢だと考えた。

1ヶ月の内に、保険屋で働きながら、アパートと保育所を決めよう!
貯金はないけど、その後の事は何とかなる!と思った。

慎重派の自分が恐ろしい程に、突発的な行動をした。

実母にすぐにマネージャーと話をつけてもらい、出発する日を決めた。

※ここから先、保険会社で働く人のイメージを落としてしまう発言がたくさんあるかもしれませんが、これは私の勝手な思いであり、実際の仕事と私のイメージとの相違である事を、先にお詫び致します。

いわゆる生保レディ…
入るのは簡単だ。
続ける事が大変。

どんだけ怒られるんだろう…
自分はどのくらい出来るんだろう…

でも、息子を一人前に育てる為には、誰かに頼って何もしない生活ではダメだ。貧乏しても、自分の働いたお金で養わなければ、意味がない!

金融会社、ノルマ、初めての営業、仕事。
恐怖はあったけど、頑張るしかない!

そんな気持ちだった。



関連記事
line




義兄の存在はありがたかった。
お酒を飲んで忘れたいと思っても、まさか義父母の前でお酒を買うのは気が引けたから。

その日の夜、息子が寝てから、居間で義兄が飲み始めていた。

いつもなら、義兄とは必要な事以外は話さずに、義兄が飲んでいるのは分かっても部屋から出なかったけど、今回の事で義兄との距離感がなくなったように感じ、私も冷蔵庫からお酒を持ってきて『私も一緒にいいですか!?』と一緒に飲んだ。

酔いもあって義兄も色々話してくれて、私は今思う事を義兄に話していた。

『こんな事になって、ご迷惑を掛けてしまってごめんなさい…どうすればいいのか、このままではいけないけど、旦那と離れる決断が出来ない。なんか、いつか何事もなかったように戻ってくるんじゃないかって思って進めない。でも、このままではいけないと思ってる。自立しなきゃいけないけれど、どうしていいのか分からない。』

『俺も、アイツが何考えてるのか分からないけど、ティナちゃんは、焦らなくていい。ずっとここにいていいんだよ。俺は、出来る事を協力するから!今日みたいに、用事があったら、遠慮せずに言ってくれたら嬉しいよ。応援してるから。』

色々と他愛ない話もしながら、もし旦那が出て行かなければ、きっと義兄とこんなに話したりする事はなかったんじゃないかってくらい、色々な事を話した。

『ありがとうございます。私、愚痴しか言わないけれど、これから先も、また一緒に飲んでもいいですか??お義兄さんに話を聞いてもらって、気持ちが落ち着きました。』

『俺、体の事を考えて休肝日を作ってるけど、飲んでる時は、いいよ!ティナちゃん、焼酎飲めるなら、今度、なかなか手に入らない赤霧島買ってきて、飲ませてあげるよ!美味しいよ~!』

『ホントですか??ありがとうございます!!楽しみだな~!!』

こんな感じで、ドン底だった気持ちは周りに助けられながら、少しずつ普通の状態に戻りはじめた。



関連記事
line
女性の為の在宅ワーク/ガールズチャット自由が利くから主婦でも稼げる/ガールズチャット

とうとう旦那は行ってしまった。
この頃の私は、まだ旦那が帰ってくる事を待ち望んでいた。というか、旦那がいなくなった事を受け入れていなかったんだと思う。

旦那の実家での生活は、やはり、家族とはいえ他人。血のつながりもない。

義父母も義兄も、何も嫌なところはなく、優しく接してくれていたのに、ずっとここに居てはいけない!!とばかり考えていた。

義父母と義兄が仕事に行っている昼間は、息子と二人きりだった。
簡単なご飯を作る準備をするくらいで、他にする事はなかったし、何もする気にならなかった。

何も考えず思わず、ボーッとしていた。

ある日、息子のしまじろうのお気に入りのDVDを息子が自分で壊してしまい、それを知った義兄が『壊したDVDは売ってないかもしれないけど、何か新しい気に入る物買ってあげたいし、ティナちゃんも、ずっと家に居るだけでは気分転換にならないだろうから、週末に出掛けよう!』と言ってくれた。

義兄はどちらかというと、おとなしくて無口なタイプだったからビックリした。
週末、おもちゃ屋さんに行くと、息子はDVDじゃなく、トミカのプラレールセットを義兄におねだりし、私は『値段が高くて申し訳ないから別の物に…』と言ったけど義兄が、『息子がこれ気に入って離さないし、絶対に大事に使うって約束したからいいんだよ!これにしよう!』と言ってくれて買ってもらった。

帰りに、ショッピングセンターで『俺、ゲーセンで息子と遊んでるから、ティナちゃんは、少し一人で色々見てきて、気分転換しな!』と言ってくれ、私は何を見ても楽しくなかったけど、一人でブラブラ歩き、すれ違う幸せそうな家族を見ては心が重くなっていたけど、好きなブランドのお店を見つけ、鏡に映った自分を久し振りに見て、あまりにもガリガリな姿になっている事に驚いたけれど、こんなに痩せた事がなかったから、気に入ったワンピースを試着して、購入しようとしたけど、踏みとどまった。

これから、何があるか分からないから、余計なお金は使っちゃいけない…

何も買わなかったが気分転換にはなったなとゲーセンに向かい、息子と義兄を探す。

UFOキャッチャーをしている義兄の横で、ぬいぐるみやら、お菓子やらを両手に持って、飛び跳ねてはしゃいでいる息子がいた。

久し振りに、息子があんなにはしゃいでいる姿を見たな。

帰り道、『週末いつも、酒をまとめ買いしてるんだ!』と義兄の行きつけの酒屋さんに寄り『ティナちゃんも何か飲みたいのあったら、カゴに入れてね!』と言い、あれこれ選んでたら結構入れてたらしく…『お!ティナちゃん、結構イケル口なのか♪』と言われて、『あ、ごめんなさい笑』といった感じで、大量のお酒を買ってもらった。



関連記事
line

line
プロフィール

✩ティナ✩

Author:✩ティナ✩
旦那の本気不倫→離婚→復縁までの道のりを書き綴ってみようと思っています…
不倫サレ、離婚、復縁し、現在再構築中?いやもう再構築成功か!?といった感じです。

今は働いているので、更新はメッチャクチャ遅いだろうけど、思い出して辛くなる事もあるだろうけど、過去を整理しながら、昔の自分にもう大丈夫だよと言えるように、完結していこうと思います(^O^)

現在は、不倫しやがった旦那も更正し(もう信用したくても出来ないけどねっむかっって思いもなきにしもあらずですが…)私も離婚の経験から、自立を身につけ、同じ相手と2回目の結婚で家族を再スタートしております☆★

"雨降って地固まる"で、今は家族3人幸せに暮らしております♪

不倫をされて傷ついている人、頑張れ!!
真面目に生きていれば、必ず、道は拓けます!!






自由が利くから主婦でも稼げる/ガールズチャット

女性の為の在宅ワーク/ガールズチャット

line
最新記事
line
最新コメント
line
月別アーカイブ
line
カテゴリ
line
FC2カウンター
line
FC2
現在の閲覧者数:
line
リンク
line
リンク
line
リンク
line
sub_line
検索フォーム
line
フリーエリア
line
RSSリンクの表示
line
リンク
line
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

line
QRコード
QR
line
sub_line
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。